最終章 君がいる世界 最初に感じたのは、消毒液の匂いだった。 次に、全身を鈍く苛む痛みと、自分のものとは思えないほど浅く、か細い呼吸の音。 ゆっくりと、鉛のように重い瞼を持ち上げると、視界に飛び込んできたのは、見慣れない白い天井と、規則的な間…
第五章 最後のアンコール どれほどの時間が経っただろうか。 現代で、僕は来るかも分からない「その時」のために、全ての準備を整えた。 ノートには、美咲が嘘をついた日のリスト、アークライト研究所に関する断片的な情報、そして、フリージャーナリスト・…
第四章 プロジェクト・アニムス 建物の壁に背を押し付け、僕は自分の呼吸が追っ手の耳に届いてしまうのではないかと、ただそればかりを恐れていた。心臓が肋骨の内側で暴れ狂い、全身の血が沸騰するような熱さと、氷水を浴びせられたような冷たさを同時に感…
第三章 影の研究室 ノートパソコンの冷却ファンが、静かな部屋に低く唸るような音を立てていた。 僕は画面に表示された検索結果を、食い入るように見つめていた。 『臨海工業A棟』――。 検索窓に打ち込んだそのキーワードが返してきたのは、ほとんど無に近い…
第二章 嘘つきのルール ぞわり、と肌が粟立つような不快な浮遊感。 次の瞬間、僕は勢いよく上半身を起こしていた。 「はっ……! はっ……!」 肩で息をしながら、荒い呼吸を繰り返す。心臓が警鐘のように激しく脈打っていた。恐る恐る周囲を見回す。見慣れた、…
夢だ。 そうでなければ、この温もりを、この匂いを、この穏やかな寝息を、どう説明すればいいというのだ。僕はあまりに憔悴し、脳が現実から逃避するために、精巧な幻覚を見せているに違いない。 そう頭では理解しようとしているのに、心臓は勝手に早鐘を打…
プロローグ アスファルトに刻まれた、歪んだブレーキ痕。 けたたましく鳴り響くサイレン。 誰かの悲鳴。 それら全てが、分厚いガラスを一枚隔てた向こう側のように、ひどく遠く聞こえた。 現実感を失った視界の中心に、ただひとつ、鮮烈な色がこびりついてい…
最終章:君の本当の願いは けたたましいブレーキ音。傘が手から滑り落ちる感覚。そして、目の前で、小さな赤いランドセルが宙を舞う、スローモーションのような光景。 『――お兄ちゃん』 血の海に横たわる妹、美咲(みさき)が、か細い声で俺を呼ぶ。 俺が、…
第八章:境界線への突入 皇居の地下に広がる通路は、迷宮のように入り組んでいた。湿った壁には苔が生え、時折、天井から滴り落ちる水滴の音だけが、不気味に響く。 「……何か来る!」 先頭を進んでいた橘さんが、低く警告を発した。 通路の奥の暗闇から、カ…
第七章:東京アポカリプス 相川がもたらしたデータは、希望であると同時に、戦慄すべき絶望の設計図でもあった。 横浜にある黒崎の隠れ家。その地下にあるサーバー室で、俺たちは暗号化されたデータの解読結果を前に、言葉を失っていた。 「……なんだ、これは…